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医療法人の理事長に決算書の見方をレクチャー #1|決算書は現場KPIとつなげて見る

先日、医療法人の理事長に対して、決算書の見方のレクチャーを行いました。

今回扱ったテーマは、企業概要、借入金、資金繰りです。
ベースにしたのは経営計画書で、単に決算書の数字を読み上げるのではなく、今の医療経営をどう見て、今後をどう考えるかという視点で整理しました。

決算書の説明というと、勘定科目の意味や数字の増減だけに話が寄りがちです。
ですが、本当に大事なのはそこではありません。
経営者に必要なのは、数字の意味を細かく覚えることではなく、その数字が現場で何とつながっているのかを理解することです。

今回のレクチャーでも、決算書の細かい論点を全部説明したわけではありません。
必要なのは、全部を知ることではなく、必要なポイントだけを押さえることです。
そして、経営計画と現場で追っているKPIがどうつながっているかを理解することです。

1. 医師としての優秀さと、経営者としての判断力は別です

理事長は、ドクターとして非常に優秀な方です。
現場感覚もあり、患者さんに向き合う姿勢も強い。
医療の現場を任せる立場としては、非常に信頼感のある方だと感じました。

ただ一方で、医師として優秀であることと、経営者として適切な判断ができることは、必ずしも同じではありません。

これは医療法人では特に起きやすいことです。
現場で成果を出してきた方ほど、自分の感覚や経験に自信があります。
それ自体は悪いことではありません。
むしろ、トップには必要な力です。

ただ、経営になると、判断の材料は一気に増えます。
患者さんへの対応だけでなく、スタッフの配置、採用、離職、自費率、借入金、返済余力、資金繰り、金融機関との関係まで見なければなりません。
医療の腕だけでは守れない領域が増えてくる、ということです。

さらに医療法人の理事長には、周囲からさまざまな意見が入ります。
ドクター仲間の話、業者の提案、幹部の意見、家族の考え。
どれももっともらしく聞こえるからこそ、判断の軸がぶれやすい。

問題は、意見を聞くことではありません。
問題は、自分の法人の数字と現場を見ずに、その都度方針を変えてしまうことです。

2. 方針が揺れると、最初に壊れるのは現場です

経営者の考えがコロコロ変わると、最初に振り回されるのは現場です。
スタッフは、何を信じて動けばよいのか分からなくなります。

昨日までは自費の強化が重要だと言っていた。
ところが今日は、やはり保険中心でいくべきだと言う。
先月は離脱防止を重視していたのに、今月は新患数ばかりを気にしている。
こうした状態が続くと、現場は疲弊します。

① 現場は行動基準を失います

現場のスタッフは、理事長の頭の中を読んで仕事をしているわけではありません。
何を優先するのか、どこまで求めるのか、何を評価するのか。
その基準があるから、日々の仕事は積み上がります。

この基準が揺れると、現場は自分で考えて動けなくなります。
結局、言われたことだけをやる組織になります。
それでは、患者対応の質も、数字の改善も、継続しません。

② 育てている施策の芽を自ら摘むことになります

もう一つの問題は、取り組みが育つ前に止まってしまうことです。

今回の現場で言えば、自費の売上アップや離脱客の防止といった施策があります。
こうした施策は、思いつきで成果が出るものではありません。
数字を追い、改善し、一定期間続けて初めて結果が見えてきます。

にもかかわらず、途中で方針が変われば、当然うまくいきません。
うまくいかない原因は、現場の能力不足ではなく、継続の前提が崩れていることにある場合が多いのです。

経営者が周囲のノイズに反応しすぎると、現場の努力は積み上がりません。
それは人材の損失であり、時間の損失でもあります。

3. 黒字は決算で作るものではなく、現場で積み上がるものです

今回のレクチャーで特に大事にしたのは、現場KPIと黒字づくりは完全につながっているという点です。

資金繰りを安定させるには、金融機関の助力が必要です。
金融機関とよい関係を築くには、黒字が必要です。
つまり、黒字は単なる結果ではありません。
黒字は、経営の信頼そのものです。

金融機関は、利益だけを見ているわけではありません。
返済できるか、継続できるか、改善する力があるかを見ています。
その意味で、黒字は経営者の姿勢や現場の積み上げが数字として表れたものでもあります。

① 自費率の改善は利益に直結します

自費の売上をどう伸ばすか。
説明の質はどうか。
提案の流れはどうか。
誰がどの場面で成約につなげているのか。
数字を見るなら、単に売上総額だけではなく、説明件数、成約率、単価の動きまで見る必要があります。

② 離脱の防止は見えにくい損失を止めることです

新患数ばかり見ていると、既存患者の離脱という見えにくい損失を見落としやすくなります。
予約の取り方に問題はないか。
説明不足はないか。
患者さんの不安や不満が、どこで生まれているのか。
こうした点を現場で見ていくことが、結果として売上と利益を守ります。

③ 日々の数字を追う習慣が、資金繰りを支えます

どの数字を、誰が、どの頻度で見ているのか。
ここが曖昧だと、改善は属人的になります。
理事長の感覚だけで良し悪しを判断している状態では、法人として再現性が残りません。

こうした現場の数字の積み上げが、最終的には利益をつくり、資金繰りを支え、借入金の返済余力を生み、金融機関との関係を安定させます。

決算書は、現場と切り離された紙ではありません。
現場で起きていることが、最後に数字として表れた結果です。

4. 経営者には大胆さと繊細さの両方が必要です

経営者に必要なのは、一つの能力ではありません。
長い目で物事を見る大胆さと、日々の数字に向き合う繊細さの両方が必要です。

① 年単位で物事を見る大胆さ

年間の資金計画をどう考えるか。
借入をどう位置づけるか。
金融機関とどう付き合うか。
今後の投資や採用をどう考えるか。
こうしたことは、目先だけを見ていては判断できません。

一時的に数字が悪い月があっても、年間でどう見るか。
今の借入は重いのか、それとも成長のために必要な負債なのか。
数年単位で、どう立て直すか。
こうした視点がなければ、経営は場当たり的になります。

② 日々のKPIに向き合う繊細さ

一方で、長期計画だけ立派でも意味はありません。
今日の現場で何が起きているかを見ない計画は、すぐに空回りします。

患者数はどうか。
離脱は増えていないか。
自費の説明件数は足りているか。
スタッフの動きは鈍っていないか。
この小さな変化を見続け、必要な修正をかける繊細さが必要です。

大胆さだけでは雑になります。
繊細さだけでは全体を見失います。
経営者は、その両方を持たなければなりません。

5. 決算書は全部分かる必要はありません。必要な点を外さないことが大事です

今回のレクチャーでも、決算書の細かい論点をすべて説明したわけではありません。
必要なのは、全部を知ることではなく、自分の法人の経営判断に直結する数字を外さないことです。

借入が今どれくらいあるのか。
返済は利益や資金繰りに対して重すぎないか。
現預金の水準は十分か。
今の黒字は偶然か、再現性があるのか。
現場で追っている数字は、利益につながるものになっているか。

ここがつながって見えるようになると、経営者は周囲のノイズに振り回されにくくなります。
誰かの一言で方針を変えるのではなく、自分の法人にとって必要な数字と現場の動きに立ち返って判断できるようになるからです。

声を聞くな、という話ではありません。
意見は聞いてよいのです。
ただし、最後は自分の数字、自分のKPI、自分の計画に立ち返ることです。

経営は、感覚だけでは守れません。
一方で、数字だけ見ても守れません。
現場で起きていることと、数字で見えること。
その両方をつないで見られるようになったとき、医療経営はぶれにくくなります。

今回のレクチャーが、その土台づくりの一歩になればと思っています。