税理士の変更、セカンドオピニオンをお考えなら、遠藤会計。国税と税理士の知見で、経営の損失を食い止める。

【センゴクに学ぶ事業承継 #1】武田信玄と武田勝頼に学ぶ 後継者選びの失敗

2026.03.13

こんにちは。福島県郡山市の税理士、遠藤光寛です。

今回は、戦国時代の武田家を題材に、事業承継で何が失敗を招くのかを整理してみたいと思います。

事業承継というと、株式の移転や税金対策に目が向きがちです。
しかし、現場で見ていると、うまくいかない会社にはもっと手前の段階で共通する問題があります。

誰に継がせるのかが曖昧。
社長がいつまでも現役。
後継者に権限も情報も渡していない。
この状態では、どれだけ立派な会社でも承継は不安定になります。

戦国最強とも言われた武田家ですら、承継の失敗で一気に崩れました。
だからこそ、今の経営者にも通じる教訓があります。

1. 日本の経営者は高齢化しているのに、社長交代は進んでいません

中小企業の現場では、社長の高齢化が大きな課題になっています。
年齢的には、すでに承継を考え始めてもおかしくない。
それでも、実際には社長交代が進んでいない会社は少なくありません。

理由はいくつもあります。

・まだ自分がやれると思っている
・後継者が頼りない
・誰に継がせるか決めきれない
・会社の数字や実態を見せていない
・周囲にも正式に伝えていない

こうした状態が続くと、表面上は何とか回っていても、承継の準備は進みません。
そして、いざというときに一気に混乱します。

2. 事業承継がうまくいかない会社には、共通する2つの特徴があります

私が見てきた中で、事業承継がうまくいかない会社には大きく2つの共通点があります。

① 社長が生涯現役でいようとすること

会長になっても、相談役になっても、結局は現場に強く口を出す。
後継社長の判断を飛び越えて、直接指示を出す。
周囲もそれに慣れてしまい、後継者ではなく元社長の顔をうかがうようになる。
こうなると、後継者はいつまでも組織を掌握できません。

現社長の言い分としては、後継者が頼りない、まだ早い、任せるのは不安だ、というものが多いでしょう。
しかし、守られているだけでは、後継者は育ちません。

後継者に必要なのは、実際に判断し、失敗し、修正する経験です。
その機会を奪ってしまえば、承継した瞬間に会社は弱くなります。

② 後継者を決めていない、あるいは示していないこと

社長の頭の中では決まっているつもりでも、社員や幹部、取引先がそれを知らなければ意味がありません。
後継者本人に自覚がないケースすらあります。

この状態は、会社の中に余計な期待や思惑を生みます。
自分にも可能性があるのではないか。
次は誰なのか。
あの人で本当に決まっているのか。
こうした空気が広がると、組織の足並みは乱れます。

承継は、黙っていれば自然に伝わるものではありません。
意図的に、戦略的に、示していく必要があります。

3. 武田家を現代の会社に置き換えるとどう見えるか

ここで、武田家の話を現代の会社になぞらえて見てみます。

武田家は、山梨県甲府市に本社を置く老舗企業のような存在です。
長い歴史があり、周辺地域で大きな影響力を持ち、優秀な人材も多い。
商品力も営業力もあり、地域の名門企業です。

現社長にあたる武田信玄は、若くしてトップに立ち、周辺地域へ勢力を広げ、会社を大きく成長させました。
人心掌握にも長け、まさに強い創業家社長のような存在です。

その武田家で、後継者候補と見られていたのが武田四郎勝頼でした。
突破力があり、現場力もあり、勢いもある。
一見すると、承継は問題なく進みそうに見えます。

ですが、決定的な問題がありました。
信玄が、後継者の立て方をはっきり整理しないまま去ってしまったことです。

4. 社長の去就が、会社の命運を左右します

武田信玄は、西上作戦の最中に容体を崩し、1573年に亡くなります。
全国区を狙う大きな攻勢の途中でした。

会社に置き換えれば、成長路線の真っただ中で、トップが急逝したようなものです。
ここで本来問われるのは、後継者が明確か、組織に承継の準備があるか、という点です。

しかし武田家では、その設計が極めて曖昧でした。

信玄の遺言を現代風に言えば、こうなります。

・自分の死は当面伏せておいてほしい
・正式な社長はまだ幼い孫にする
・勝頼は実質的に会社を回すが、社長ではない
・肩書も代理のような曖昧なものにする
・外部の有力者を頼れ

これでは、社員も幹部も取引先も、誰を本当のトップと見ればよいのか分かりません。
後継者本人も、正式な権限を持ちきれない。
その状態で大きな組織を引っ張るのは、極めて不安定です。

会社が大きければ大きいほど、トップの曖昧さは致命傷になります。

5. 権限が曖昧な後継者は、実力以上に勢いで動きやすくなります

曖昧な立場に置かれた後継者は、結果を急ぎやすくなります。

・自分を認めさせたい
・先代を超えたい
・早く成果を出したい

その焦りが、無理な拡大やイケイケの判断につながることがあります。

武田勝頼も、結果として先代以上の勢いで外へ打って出ました。
一時的には成果も出しました。
しかし、その裏では、組織内部に不安がたまり続けていました。

慎重に中を固めるべきだという古参幹部の声。
まずは一枚岩になるべきだという意見。
そうしたものが、勢いのある側近たちによって遠ざけられていきます。

これは現代の会社でもよくあります。
後継社長が焦る。
若手側近が勢いで支える。
古参幹部の慎重論を年寄りの意見として切り捨てる。
結果として、社内が分裂し、足元が緩くなります。

6. 承継後に必要なのは、拡大よりもまず内部を固めることです

後継者が正式に立ったあとに大切なのは、いきなり大きな成果を出すことではありません。
まず、組織を一枚岩にすることです。

・先代からの幹部がどう動くか
・取引先が新社長をどう見るか
・財務内容をどこまで共有するか
・若手幹部にどう権限移譲していくか

この土台が固まらないまま外へ広げると、会社はもろくなります。

武田家の失敗もここにあります。
本来は、承継直後こそ内部留保を高め、社内外の足並みをそろえ、勝頼を中心とした新体制を定着させるべきでした。
しかし、それを飛ばして拡大へ向かったため、組織のゆがみが露呈しました。

7. 武田家は、その後どうなったのか

武田信玄が亡くなったのは1573年です。
しかし、武田家がすぐに滅んだわけではありません。
滅亡したのは1582年。
つまり、信玄の死後、およそ9年かけて崩れていったことになります。

この9年は、事業承継を考えるうえで非常に示唆的です。

信玄亡き後、勝頼は武田家を率いて戦い続け、一時は先代を超える勢いを見せる場面もありました。
つまり、承継直後は必ずしも失敗が表面化するわけではない、ということです。

しかし、内部ではすでに歪みが生まれていました。

・後継者としての立場が曖昧だったこと
・古参幹部と新しい側近の間で温度差があったこと
・先代時代の求心力を、そのまま引き継げなかったこと
・組織を固める前に、外への拡大を急いだこと

これらが少しずつ、しかし確実に武田家を弱らせていきます。

① 1575年 長篠の合戦での大敗が転機になった

その象徴が、1575年の長篠の合戦です。
この戦いで武田軍は織田・徳川連合軍に大敗し、武田家を支えてきた有力武将たちを多数失いました。

ここで重要なのは、長篠の敗北そのものだけではありません。
一度の大敗で致命傷になるほど、組織の土台が弱っていたという点です。

強い会社は、一度の失敗で即死しません。
しかし、承継が不安定で、内部の信頼関係や意思決定の軸が崩れている組織は、大きな失敗を受けた瞬間に一気に弱ります。

② 1582年 滅亡は 遅れてやってきた失敗 だった

長篠以後の武田家は、離反、裏切り、求心力の低下が止まらなくなります。
そして1582年、ついに武田家は滅亡します。

つまり武田家の事例が教えてくれるのは、承継の失敗は、その場ですぐ会社を潰すのではなく、数年かけて会社の体力を奪い、最後に取り返しのつかない形で表面化するということです。

これは現代の中小企業でも同じです。

社長交代の直後は何とか見えても、数年後に

・幹部がまとまらない
・取引先が離れる
・若手が育たない
・社長の判断が空回りする
・資金繰りが悪化する

という形で、問題が噴き出すことがあります。

事業承継が怖いのは、失敗が遅れてやってくることです。
だからこそ、元気なうちの準備が必要なのです。

8. ライバルは、承継の混乱を見逃しません

承継の混乱は、会社の内部だけの問題ではありません。
外部の競合や取引先も見ています。

・トップが変わった
・社内が割れている
・古参と若手の温度差がある
・後継者が焦っている

こうしたことは、外からも見えるものです。

現代の会社でも、承継が不安定な時期は狙われやすくなります。
有力な社員が引き抜かれる。
取引条件が悪化する。
金融機関の見る目が厳しくなる。
競合にシェアを奪われる。
こうしたことが起きます。

武田家でも、外部のライバルはその混乱を見逃しませんでした。
そして、一度大きく崩れると、そこから立て直すのは非常に難しくなります。

9. 強い会社でも、承継を誤れば一気に崩れます

武田家は、もともと弱い組織ではありませんでした。

・商品力がある
・優秀な人材がいる
・協力企業も厚い
・地域での存在感もある
・勢いもある

それでも、方向性が定まらなければ、一気に崩れます。
これは現代の会社にもそのまま当てはまります。

どれだけ強い会社でも、承継の設計が甘ければ危険です。
人材も、財務も、取引先も、信用も、トップの不安定さで一気に揺らぎます。

10. 事業承継で本当に必要なのは、元気なうちの権限移譲です

ここから先は、現代の会社に落とし込んで整理します。

まず一番大切なのは、現社長が元気なうちに引退へ向けて動くことです。
ここでいう引退とは、いきなり全てを手放すことではありません。
徐々に権限を移すことです。

・判断を任せる
・失敗もさせる
・ただし、目の黒いうちはフォローできる

これが理想です。

失敗は痛いですが、学びになります。
そして、現社長が元気なうちなら、立て直しもできます。
亡くなった後、あるいは体力も判断力も落ちた後では、その谷を支えきれません。

だから、承継は早いほどよいのです。
少なくとも、元気なうちに着手する必要があります。

11. 後継者は、内外にはっきり示さなければ意味がありません

次に重要なのは、後継者を内外に知らしめることです。

・社員に示す
・幹部に示す
・取引先に示す
・金融機関に示す
・本人にも自覚させる

承継は、家族の中だけで決めれば済む話ではありません。
会社全体の秩序をどう保つかという問題です。

そのためには、後継者を明確にし、財務内容を共有し、どの時期に何を移していくかのスケジュールを決める必要があります。
これを曖昧にすると、競合にも社内にも付け入る隙を与えます。

12. まとめ

武田信玄と武田勝頼の話は、歴史の話ではありますが、現代の事業承継にも通じる教訓が詰まっています。

事業承継がうまくいかない会社には、共通点があります。

・社長が生涯現役で居座る
・後継者を決めていない
・決めても内外に示していない
・権限移譲をしていない
・財務情報を渡していない
・承継後に内部を固めず、拡大を急ぐ

どれだけ強い会社でも、承継を誤れば一気に崩れます。
逆にいえば、承継さえ丁寧に設計すれば、次の世代へ強い形で渡すことができます。

だからこそ、元気なうちに引退へ向けて動くこと。
後継者をはっきり決めること。
権限移譲と情報開示を進めること。
これが極めて重要です。

戦国最強と言われた武田家ですら、承継を誤って滅びました。
今の会社も例外ではありません。
後回しにせず、行動に落とし込むことが大切です。

13. 事業承継の準備を整理したい方へ

後継者はいるが、どこまで任せてよいか分からない。
社内外への示し方に迷っている。
承継のスケジュールや財務開示をどう進めるべきか悩んでいる。
そうした場合は、まず現状を整理することが大切です。

事業承継は、相続税や株式移転の手続きだけではありません。
誰に、いつ、何を、どう渡すかという経営そのものの問題です。
まずは、自社の承継が曖昧なままになっていないかを見直すところから始めてみてください。

福島県郡山市で、税理士のセカンドオピニオンを中心に活動。 国税18年、税理士8年の経験をもとに、経営の損失を防ぐため、お金、人材、時間、機会、家族、未来の6つから企業を支援。

関連記事

目次